毎日の生活は常に変化します


by kurononanona

恋は盲目

恋は盲目

立場がある方だから
実名は出しませんが

?カップルに振り回される
国民って どうなんですかね

もういいんじゃないですか?

同世代の若者たちは
必死に生きています
社会人になってから
道を間違った
もう一度大学に行きたい
留学したかったと思いながら
なんとか社会と折り合いをつけていくのです

慇懃無礼な言葉って
なぜでしょう
わかってしまいますね

不愉快な文章でした


# by kurononanona | 2019-01-22 18:42 | Comments(0)
毎年 センター試験のころは
寒さが厳しいのですが
今日の東京はダウンよりウールのコートが
ちょうどよい気温でした

駅に向かう道で 時々 見かける老婦人がいます
髪をシニオンにして タイトなロングスカート
シックな色合いのお洋服を素敵に着こなしています
15年以上前でしたか
母もあの方は昔からお洒落なのよ
ある茶会で彼女と一緒だったと話していました
自分は老いてもあんな老婦人にはなれないだろうなーといつも思っていました
その頃 その方は70代ぐらいだったと思います

夕方   日が暮れかかった 路地で向こうから
ふらふらと老人が近づいてきます
長い髪は肩まで下げてバサバサ
 カーディガン一枚  
目は虚で 何処か先の方を見ながら歩いてきます
体も左右に揺れているようでした

すれ違った時

あ!
あの老婦人だ!とわかりました

寒くない日だったから
ちょっと近所に散歩に出ただけなのかも
だれか待ち人がいて 迎えに出たのかも

ちょっと しんみりした夕暮れでした











# by kurononanona | 2019-01-21 22:32 | Comments(0)

私が まだ独身のころ

私が まだ独身のころ
兄が京都に住んでいました
あの頃の京都は のんびりした風情がありました
私は知恩院 八坂さんなどみて回り
兄の家族と待ち合わせの時間まで
八坂神社裏の円山公園を散歩することにしました
遅めの昼の休憩に易者さん達は出ていて
台だけが ぽつんぽつんと置かれていました
近くのベンチに腰掛けて ぼんやりしていると
若い女性がやってきて
「すみません みていただけますか?」と声をかけられました
いえいえ 私は占い師ではありません
休憩で皆さんいないようですよ
と答えると
彼女は去っていきました
しばらくすると  また 同じように聞かれます
ベンチに座っているからなのか?と思い
少し離れた 柵のような所に腰掛けて時間を
つぶすことにしました
すると
二人連れの女性たちがやってきて
「こんにちは 手相をみてください」と
ニコニコ話しかけられました

ここにいると占い師だと思われてしまうのかしら?
待ち合わせの八坂神社に戻ることにしました

あれから何十年?
娘と京都に旅した時に
円山公園を歩いてみました
私が占い師に何度も間違えられた話をすると
彼女は大笑いしました
23で人の人生相談なんてできるわけないのに
相当な老け顔だったんでしょうか?


訪れた 円山公園は整備され 占い師さんの台など置ける場所はなく
料亭やレストランが周りにできていて
あの 長閑な公園の面影は残っていませんでした

40代になり
仕事先で有名な占い師の先生と数年間
控え室が一緒になりました
おっかない雰囲気の方で
最初はビビりましたが
行くたびに 
「あなた ちょっと練習台になってね」
と分厚い中国語の占い本をひらいては
様々なことを教えて下さいました
兄弟 母のこと などなど
かなり その後思い当たることがありました

占いは統計学なんですよ
占いで占い師が ご商売繁昌してしまうと 占い師はよい死に方ができないんですよ 
人を差別するための占いはしません
ある夫婦が
3人の子供の誰に一番投資して
学をつけさせたらよいか教えてくださいと来た時には
占いを何だと思っている!
平等に育てなさいと追い返しましたよ
と笑っておられました
無心で占います
究極の占いは私はサイコロだと思っているのよ
3つのサイコロをふり その姿で占う
娘は継がないというのよ
仕方ないからそのサイコロの秘伝だけは
伝えておくことにしたの

先生は80代になり 途中からお弟子さんに変わりました
互いに狭い控え室を使う間柄です
先生が私に気を使っていたのだとは思いますが
ある時
「私は相もわかるのよ  あなた人相が良い
それと住む場所は必ず続きの土地 隣地が定期的に空き地になるからね  
そうね 不動産経営してごらんなさい
占い勉強してごらんなさい
あっていますよ

隣地の話は
その後 3回経験しました
あっという間に更地になった隣の土地を
見るたびに、ほんとだわ と思ったものです

未だに占いは勉強しておりません
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# by kurononanona | 2019-01-19 06:01 | Comments(1)

犬が苦手な私が

犬が苦手な私が
犬と時々生活しています

最初は
Dog!でありました
私は人間  相手は動物

それが
目と目で気持ちを通じ合う仲になってしまいました
これは 人間が勝手に通じ合うと思っているに違いないのですが

犬は忠実で 優しくて 健気なのです

もうすぐ飛行機に乗って遠くに行ってしまいます
チョコレートを食べて 留守宅から早朝 獣医さんに連れていきましたっけ
散歩に連れ出せば 猫が好きで
大きな犬が来ると早足で道の端っこに逃げて
小さな弱っちいのがくると
ガウウ〜と圧をかける 肝っ玉の小さなやつ

もう少しで
犬が大好きなんです
なんて言える人になりそうでしたが
また
もとにもどるような気がします

子育てもそうでしたが
子どもが苦手な私が 子育てをしたら
子どもが好きになりました
子らが育ってしまうと
子供好きという部類には入らなくなったような気がしています

犬と暮らした経験は
楽しいものでした

散歩中の犬が怖くなくなりました
買い物先で繋がれている犬も同様
我が家の前や道端で 飼い主が道に水をかけ清掃したり、始末する様子も優しくみることができるようになりました

居なくなったら
飼いたくならない?と聞かれますが
そこは
犬が苦手で生きてきた私が残っています

やはり
飼うことは大変です
子供は育っていきますが
犬は一生を私に委ねるのですから

この1か月
ギターもひいていないし
旅にもいかない

月末には
空になったケージをみて
しんみりしてしまうんでしょうが

やはり
本来の自分らしくない毎日でした
いつも生後数ヶ月の赤ちゃんが家にいるようで
そわそわしてしまうのです

長く犬と付き合いのある方は
全く犬との生活を知らない人だわ と笑うでしょうね
良い経験をしました(まだ継続中ですが)
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# by kurononanona | 2019-01-14 21:31 | Comments(2)

お若いですね

お若いですね

この言葉
魔力があります
言われた本人は悪い気がしません
度々言われると
?もしかして
わたしは若いまま年だけとるのでは?
着るもの
生活の仕方
食べるものまで
若い人と同調しはじめます

これをしていたのが
私の母でした
50を過ぎたあたりから
見た目が変わらず
70でも50代に見える人でした

母は60を過ぎ
未亡人になってから
仕事の幅が増え
遠距離
早朝
毎日のように
華道 店舗の生け込み 茶道の出稽古と
忙しく暮らしていました
その勢いは72まで変わりませんでした

72歳の2月
死線をさ迷う肺炎になりました

約1か月 微熱や咳を売薬や近所のクリニックの薬を飲んで 仕事をしていました
息子の中学受験が終わった日に
(私に迷惑かけまいと 我慢していたのでしょう)
母からSOSの電話がありました

毎日 治らないし
だるいから
病院に一緒に行ってほしい

車で迎えに行き
兄がいる病院で検査をしてもらいました

立派な肺炎だ
クリニックでレントゲンとらなかったのかな
本来なら入院だが
自宅で1か月
基本 布団の中で生活すること
肺炎の薬は限られているから
完治させないと
命に関わるからね

兄の指示通り
家族で交代で1か月 治療をしました
義姉は泊まり込んでくれました

その時に母が言ったこと

年がいってから
思わず仕事がうまくいくと
欲がでるのね
もっともっとと
仕事は欲との戦いだわ

あなた私の茶の仕事受けてちょうだい

それからは
好きな日に仕事場へ行くようになり
78くらいまで元気にしておりました

元気だった母の生き方をかえさせたもの

それは
風邪でした

世の中には定年制があります
しかしながら  まだまだ働けるのです
生涯現役
どうしたらうまくいくでしょうか

65  その年齢をこえたあたりから
体は正直に変化していきます

まずは
欲を捨てて、残された健康寿命を
意識して生きようと思います

お若いですね
この言葉に騙されてはいけません




# by kurononanona | 2019-01-13 07:46 | Comments(2)