毎日の生活は常に変化します


by kurononanona

残したのは二冊のノートだけ

旧盆も過ぎました。
兄から三回忌の日時の連絡もありました。

何箱にもなっていた、介護関係の書類を処分することにしました。
小泉政権になり、介護保険は大きく変化しました。今は当たり前になった、老健施設も最初の頃は、遠く離れた場所ばかりでした。
国立市、相模原市、港北ニュータウン、杉並区、埼玉県見沼区、
それらの場所に、週に一度、時に連日、車で通いました。
遠い施設の時は、片道1時間半、自分を見つめ直す時間でした。
今は、車は旅先で運転する程度です。
時間を急ぐ必要はなくなりました。

ホームにはいるまでの、待機人数を知らせる書類、
200とか80人とか書かれた表に赤丸をつけて、まるで子供の受験発表を待つように暮らしていた日々がありました。
介護認定申請、判定結果、施設との膨大な数の契約取り交わし書類。
転院する度に増えた病院のカード。
細かく切って処分しました。

平成16年ごろ、自宅にきていたヘルパーさんとの交換日記と、母が頼んで買い物していただいたレシート帳。
それと、施設に訪問してくださった方々の訪問日記は残しました。

ノートの中にたまに、母自身がぐちゃぐちゃに書いた字も残っています。

訪問してくださった、叔父叔母、従兄達が先に亡くなり、
つねちゃ、元気になってまた、山形さ帰ってきてください、などと書かれています。

読み返すことはないかもしれませんが、
いつか、自分も子や、その伴侶に委ねる日がくるかもしれません。

その時、あのぐちゃぐちゃな文字で、
Y(兄の名前)に電話して‼
と書きなぐった母の気持ちがわかる時が
くるのでしょう。
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Commented by non at 2012-08-19 08:51 x
本当に
あの頃は nonaさんにとって
一番大変な時でしたね
私がnonaサンと知り合ったのは
ちょうど その真っ最中でしたね~
私には
まだ これから 母と義母の X-デイが控えています
自分自身が健康で対処していかねば~と
思うこの頃です。

Commented by kurononanona at 2012-08-19 16:21
そうでしたね。
その頃、nonさんに音楽の楽しさを教えていただき、
介護に埋もれずにすみました。
前向きで、明るい人に出会うことは大切です。
介護ばかりではむなしいですもの。
by kurononanona | 2012-08-19 06:30 | Comments(2)